"歴史的真実"訳者あとがき

李志綏著『毛沢東の私生活』について

 毛沢東がこの世を去ってすでに二〇年以上過ぎているのに、人々の事あるごとに彼のことを思い出す。それは中国のなかだけの現象ではない。李志綏の本が世界中で市場を持ったことも、世界中に毛沢東について関心を抱いている人が大勢いることの反映である。彼の建国以前の評価についてはすでに基本的に定まっている。人々がとりわけ知りたいのは建国後の毛沢東についてである。彼の身辺で長年仕えた医師の回想録となれば、知りたい、読みたいと思う人は多い。商品価値がある、売れる、と判断したからこそ、ランダムハウス社が飛びつき、日本でも文芸春秋が日本語版を出版したのであろう。
 しかし李志綏の回想が真実の毛沢東の姿を反映したものでないことは、本書で林克、徐濤、呉旭君が具体的に立証している通りである。李志綏の本はあまりにでたらめすぎ、自分が関わっていない多くのことがらを、あたかも自分が当事者であったかのように書いている。記憶違いといったレベルのミスではない。作為的な箇所がたくさんあり、彼の回想録なるものに学術的価値はまったくない。
 李志綏の本を根拠にして毛沢東をあれこれ語ったところで、毛沢東とはまったく関係のない、己の俗論を展開する域をでないものとなってしまう。その典型が吉本隆明と辺見庸の対談集『夜と女と毛沢東』(九七年六月、文芸春秋)である。

 『歴史的真相』日本語版のいきさつ

 最後にわたしが本書『歴史的真実』の日本語版を翻訳するにいたった経緯を紹介しておこう。
 わたしは李志綏の『毛沢東の私生活』日本語版を読んだ時点で、この本で書かれていることは当てにならない、との判断を下した。毛沢東の身辺で長年働いていたとはいえ、一介の保健医師(日本語訳では主治医という表現を用いているが)が知りうることには限度がある。毛沢東は「文化大革命」の時には組織原則を無視する行動に出たこともあったが、一般的にいえば彼は党主席として率先して組織原則を重んじてきた。党内上層部の機密に属することを簡単に保健医師に話すことなど考えられない。
 自分の与り知らないことにまで口を出すことは回想録の自殺行為であり、フィクションの世界に入ってしまう。徐濤と呉旭君が本書を執筆するにあたって、数十人の当事者にインタビューして文章を書いていることでも分かるように、呉旭君のように長年毛沢東の身辺の世話をした人物であっても、彼女自身が直接関わっていないことがらについては抑制的対応をとり、当事者から真相を聞くという姿勢が必要である。
 李志綏にはそれがないどころか、自分こそがもっとも毛の晩年を知り尽くした人物であるかのように誇示している。虚しいまでの自己顕示欲の発露はかえって彼と毛との関係の疎遠ぶりを反映するものである。
 李志綏の回想録に接する前に毛に関する他の人の回想録を沢山とはいわないがいくつか読んでいたわたしにとって、李志綏の執筆姿勢そのものに疑問が生じた。しかし回想録の比較だけではどちらが真実を反映しているか否かの判定はつかない。他の客観的資料による照合作業が必要である。たまたま『汪東興日記』が発表されたので、汪東興の日記の記載と李志綏の本の該当箇所の記述を比較したところ、前述した通り日記の記載と異なり、しかも写真という明白な証拠も見つけた。わたしはそのような検証作業をいくつか行い、李志綏の本はまったく学問的価値のないものである、との結論に達した。
 その後わたしは、李志綏『毛沢東の私生活』を軽視し無視してきた。たまたまこの本が話題になった場合、当てにすることはできない、と口頭で意見を述べるだけで、文章を書いて批判するというようなことをしてこなかった。
 しかしいくつかの書店の中国関係のコーナーでこの本を見かけることが多く、結構読者を獲得していることを知り、「無視」という対応をとってきた自分にいささか責任を感ずるようになっていた。同時に、どうして中国側はまともにこの本を批判する文章を出さないのだろうか、という気持ちも生じていた。わたしの胸の奥にはそのようなすっきりしない気持ちが溜まっていた。
 たまたま九六年の暮れも押し詰まった一二月二七日に、慶応大学の招きで訪日された中共党史研究室の石仲泉教授を囲む会が横浜市立大学教授矢吹晋さんの主催のもとで開かれ、わたしも参加して石教授から中国における中共党史研究の現状についての報告を受け、自由討論を行った。
 その際に田畑光永神奈川大学教授から李志綏の本についての質問が出され、そこで初めて『歴史的真実』という本が香港で出版されていることを知った。
 わたしはその年の九月に香港を旅行したのだが、自分の眼が節穴だったのか、この本の存在に気づかなかった。さっそく書店から『歴史的真実』を取り寄せ、読んでみたところ、わたしの思っていた以上に李志綏の本には嘘が多いことが判明した。
 そもそも「主治医」になったという時期からして嘘であるとは思いもしなかった。毛沢東の身辺で長年働いた人だからこそ明解に指摘できる真相である。書かれている内容の重要さ、正確さなどから判断して、これは李志綏の本を読んだことのある人々に読んでもらう価値のある本だ、ぜひ日本語版を出す必要がある、と思った。
 さっそく香港の利文出版社に手紙を出し、危丁明社長から日本語版出版についての了承を得て、蒼蒼社の中村公省社主に出版を依頼し、了承してもらった次第である。ただ冒頭でも明らかにした通り、日本語版は『歴史的真実』の付録四編のうち二編しか訳していない。著者の徐濤、呉旭君夫妻(林克氏が九六年一二月に亡くなっていることを危丁明社長から知らされた)からは原著通り四編すべてを訳出するように要請されたのだが、わたしは残念ながらその期待に沿うことができなかった。
 というのはこの『歴史的真相』の本の存在を知る前に、わたしは中央文献出版社から九六年八月に出版された『毛沢東伝(1893~1949)』の日本語版を出すことを決めていた。この本の翻訳作業には大変な労力を必要とする。
 一方、『歴史的真実』は李志綏の本への批判という内容なので、なるべく早く出す必要がある。『毛沢東伝』の翻訳の前に出版したい、との判断から、本編二編(こちらは全文)と付録からは二編のみを訳出するということで了解していただくことにした。
 二編を選んだのにはそれなりの理由がある。香港の中国復帰が実現し、九九年にはマカオが復帰すると、つぎは台湾問題の解決が現実的課題となってくる。中国の統一実現は毛沢東の悲願であったし、すべての中国人の願いであろう。
 毛沢東がかつて台湾問題の解決やアメリカとの関係改善のためにとったさまざまな措置や構想は今後これら未完の課題解決のための参考になるであろうと思い、関連する二編を選んだという次第である。
 翻訳にあたっていくつか不明な点は今年六月に北京を訪れた際に著者の徐濤、呉旭君両氏に文書で回答していただいたが、〔 〕内に付けた注は最終的には訳者の責任においてつけたものである。日本語版に誤りがないよう努力したつもりだが、訳者の能力不足ゆえに間違いを犯している箇所もあるかも知れない。率直なご指摘をお願いしたい。本書の出版が毛沢東という二十世紀が生んだ巨人を理解するうえで役立つことを願っている。
 林克、徐濤、呉旭君著『「毛沢東の私生活』の真相』(原著名は『歴史的真実』)に訳者あとがきとして書いた「わたしの蔵書からみた晩年の毛沢東--訳者解説にかえて」(蒼蒼社 1997年8月出版)